素面が苦手。

土曜日、オトコが初めて家に来た。

 

オトコとは知り合って4年。会社の同僚だ。

盆と正月の一晩だけほんの数回唇を合わせるだけの関係だった。

それ以上の関係への誘いを全て断ってきたのだが…

去年の終わりに陥落してしまった。

理由はわからないが、多分何となく、

いいかなと思ってしまったというやつなのだろう。

 

それから現在までは仕事以外

月一で会っている。

 

 

土曜日の仕事中に買い物に行く用事があって

オトコを連れて二人で出たのだが

同僚のおっちゃんに「そうだ!残っていた発泡酒をあげよう!」という

なんか安いディオニュソスが降臨してきた気分になった。

「家に寄ってイイ?」と聞くと

「いいですよー!実は、はっきりした場所わからなかったんですよ。」と云うので

家に寄った。

寄ったはイイが…

OH~ジーザス!!!

なんてオレは馬鹿なんだ!!!

家が汚い・・・。

ディオニュソスのバカヤロウ。

もっと家が綺麗な時に降臨してこいよもう!!!!

 

猫の毛、午前中の間に猫が食った飯の後…

漂う毛毛毛毛毛毛毛。

ああーorzへたこいた~。。

何で何も考えず家に寄るなんて馬鹿なことを考えたのか…。

オレのオトコは、よくよく物を見る人なのだ。

あーーーーーー。

 

さっさと発泡酒を袋に詰めて家を出る。

 

思い出したくもない汚点。書くのもこのぐらいにしておこう。

 

そして、仕事終わって午後。夕方からは会社の飲み会だ。

いつもはオトコと近くのコンビニで待ち合わせ、乗せて行ってもらうのだが

この日は暑かったから歩くのが嫌で、ヤツが帰ってこないのをいいことに

家まで迎えに来てもらうことにした。

約束は15時30分。

13時に会社を出て、ホームセンターで大きめの植木鉢と土を買い

家に戻り観葉植物の植え替えをしつつルンバ起動!

片付けセンサーフル発動!怒涛の勢いで片付け掃除。

よし、たぶん完璧だ!

行かないとは思うが居間から寝室に続く廊下も片付け、

行かないとは思うが寝室も掃除。

開けっぱなしのウォークインクローゼットも見れるようにした。

さて、次は風呂だ。

風呂に入って15時。よし、あと30分あれば顔も出来上がるだろう!

化粧水、なんちゃらっていう大変素晴らしい実力を持つジェルを塗り

下地塗ってファンデ塗って、

マスカラ、二重の大きさの調整・・・ま で お わ っ た と こ ろ

 

ぴんぽーん

 

 

うそでしょう!?

 

まだ15時15分ですけれど!?

 

 

引っ張れば落ちるロリータジーンズ。黒いTシャツ姿ですよわたし。

それでもって、眉 毛 な い ん だ け ど。まだ描いてないから。

 

玄関の戸は開いてあるからと言ってあるのでもう、

ぴんぽーんの次の瞬間に玄関の戸は開いて、彼はそこにいるだろう。

エスパーじゃなくても千里眼じゃなくてもわかる。

 

早いねーww'`,、('∀`) '`,、

 

と云いながら、大きめのバスタオルでニカブスタイルになりながら

出迎える。

 

「あ、まだ風呂上がったばっかりでした?」

「そうなんです。ちょっと待っててね。」

 

オトコをソファに座らせ、洗面所へ急ぎ顔の続きを作ろうかと思うが、

緊張して顔どころではない!

何をすればいいかがわからない!!

完全にパニックである。

 

最初の配偶者が、最初に暴力事件を起こして警察のご厄介になった時だって

こんなパニックにはならなかったのに。

いや、あの時はむしろ冷静だったか。

110番に「来るのが遅い!さっさと来い!」と催促の電話を何回もかけ

「奥さん、旦那さんもう無理だから逮捕するよ?」と聞かれ

「当たり前だろう!さっさと連れてってくれ!もう二度と戻してよこさないで!」

と言ったぐらいだから。

 

愛人がたかだか15分早く家に来ただけでなぜこんなに慌てているんだろうか。

意味がわからない。

 

なんだかよくわからないまま、約束の15時30分には何とか着替えまで済ませた。

 

そして、今回の飲み会に行くにあたり、

めちゃめちゃ空気の読めない新人を、誘うか誘わないかどちらなのだろう?

という話題になった。

オレ等が、じゃぁ一回家帰りますー。と言って会社を出た時に

そいつは居たのだ。

前々から、自分も誘って欲しいという雰囲気バリバリで…。

でも、オトコはそいつが嫌いだったので一緒に行くのを嫌がった。

「アイツどうしたんだか社長に聞いてみてくれない?」というので、

社長にLineをし、新人が居るかどうか尋ねると

「いるんだよね・・・どうしよう。」

と。

すると、オトコが

「お金あるんだったら一緒に行くか?って聞いて、

無いつったら、ああそりゃぁ残念だったね。って事でいいんじゃないの?

どうせお金ないの分かってるんだし。」

と、ナイスな事を言い出したので

その旨社長に伝えると

「・・・誰がいうのー?」

こ、こいつは…。

 

社長も、新人が嫌なのはよくわかっている。

 

その後、社長から「電話してもいい?」とLineがきたので

「いいよ」と返信。電話が来る。

 

新人の扱いについてどうするか話していると

オトコがヒタリと擦り寄ってきた。

電話の音漏れで社長が話している事を確認するオトコ。

オトコの顔が、スマホとオレの顔の間に割って入る。

口を口で塞がれる。

もう社長の話どころではない。

 

一度、顔と顔が近づくとオトコの目が変わるのだ。

オレを見下ろすその目は、オレの目を通して見ると蕩けるように見える。

それを見上げるのが現在、何よりも芳しい光景だ。

この、目が欲しいのだ。

視線が心に刺さる。

 

オトコが、本気なのか遊びなのか

オレが、本気なのか遊びなのか

 

それは、誰も知らない。

オレも知らない。

 

本気ってなんだろう

遊びってなんだろう

好きってなんだろう

愛死天流って、暴走族用語ですか?

 

 

重なった唇が湿った音を奏で部屋に響く。

 

 

もしかしたら、電話口から社長に聞かせたいのかもしれない。

そういう事が好きそうなオトコ。

オレもオトコも性格がいい方では全くない。

 

社長が、

「うーんオレはいいとしても、イヤ、よくないけども

だって新人来たら嫌でしょう?」

と、オトコがオレの家に居ることを知っていて、

そしてオトコが新人が嫌いという事を知っていて、聞いてくる。

「代わってみますね。」と言い、

電話をオトコに渡す。

 

また同じ話を繰り返す社長。

オトコにされたのと同じようにして、

オレがオトコの口を口で塞ぐ。

 

新人が来ようが来まいが、最初っからどうでも良かったオレは、

ますます電話の内容などどうでもよくなった。

よきにはからってくれ。

 

オトコの顔の細い線に水をすくうように手を添える。

 

指と指の隙間から、熱い空気がすり抜けていく気がした。

 

 幸せや愛情というのは一番最初に意識して見つめ合った時に

満タンに詰まるものだと思う。

それから少しづつ少しづつ、

その湛えに僅かに含んだ恋慕の情をも抱き込んで垂れ流れて出て行き

最後には跡形もなくなる。

 

よくその辺で耳にする

「一緒にいれば深まっていく愛情」というものが理解できない。

それって妥協じゃないんですか?

一緒にいれば深まっていくのは嫌悪、不信感、これじゃない感。

こうじゃないの?

勘違いに目を背けるか背けないかの差なんじゃないの?

今はまだ、満タン状態を保っている

幸せっぽいような愛情のようなもののダムがいつ決壊するのかわからない。

 

 

 

 

オトコが膝を曲げる。

 

顔の高さが一緒になる。

 

電話の向こうでは社長が新人をどうするか話をしている。

 

口は口で塞いだまま、目を閉じた。

 

オトコの顔に添えた手は頬をしっかりと捉えている。

 

目を少し開け、オトコを見つめたまま

ソファにゆっくりと座り、唇を離し、手を離す。

離した手は、何の迷いもなくオトコの首筋を這い

そしてしっかりとオトコを抱きしめる。

 

何のことはない、息継ぎがしたかっただけだ。

 

ずっと止めていた呼吸を戻す。

 

せっかく整えてきた髪が台無しにならないように

毛流れに添ってオトコの髪を撫でる。

 

首筋に口をあて、唇で首筋を挟む。

オレはオトコの首が好きだ。

本当は耳を舐めたいが、耳を舐められた時は

相手の息が獣っぽく感じるから・・・やめた。

 

すると、オトコの顔がコチラを向きまた口を塞ぐ。

 

そして電話が終わった。

 

どうやら話がついたようだ。

 

オトコがゆっくりと仰臥し

オレが上に被さっていく。

ソファには出かけるように用意した、愛用のディオールガウチョがある。

そのちょうど上だった。

オトコの背中も痛かろう。

「あ、ごめん、カバン痛いでしょう?」
「全然!全然大丈夫ですよ。」

このオトコの全然大丈夫は魔だ。

全然大丈夫じゃないのに、

あまりにも優しい声なので全然大丈夫と錯覚してしまう。

惚れたらどうするんだ。やめてくれよ。

オトコの背中の下に手を入れ、

ソファから、ディオールと501のデニムを滑り落とす。

 

上に乗るのは苦手なんだ…。

下を向くと頬の肉が重力に逆らえず下がる。

そうすると、醜さ倍してドンなのだ。

気づいてない皆さん、気づくべきですこの現実!

どんなに若くてもニュートンには勝てないわよ!頬に肉のある限り!これ現実!

手っ取り早いのは、相手の目を隠すこと。

オトコの額を撫でながら、まぶたにそっと手を置き目をつむらせてしまう。

大体の相手なら、ニュートン顔になっている事を隠すためだとは気づかないだろう。

 

昔あった心理テストで

裸で歩いていたら向こうから異性が来た。さて、アナタはドコを隠す?

そんな場面ありえねーだろ的なのがあった。

あれのオレの答えは、

ダッシュで駆け寄り、相手の目を隠す。

だった。

 

オトコの上に体重をかけないように乗り、

口を塞ぐ。

オトコの唇を何度も何度も、軽く上唇、軽く下唇・・・と挟み込む。

オトコが身を翻し、オレの上に優しく乗る。

 

そうなったらそうなったで今度もまた大変だ。

今度は逆側にニュートンが引っ張ってくるから、引きつった顔になる。

こうなると厄介なのだ。

唇が離れてオトコが見つめてきたらば、サッと腕で鼻から下を隠すようにする。

・・・これは無駄な努力で、だいたい引っぺがされてしまう。

今回も引っぺがされてしまった。

夜、真っ暗なホテルでならまだしも

今は日中、ど日中15時たぶん45分ぐらいだ。

もう、どーしようもない。

少し頭の天辺を持ち上げて、

間違っても二重あごっぽくならない角度(だいたい斜め75度ぐらい)に構える。

オトコの頬に両手を添え、恥ずかしいからあまり見ないで。と唇だけで話し

オトコを見つめたまま、また口を塞ぐ。

 

少しの興奮と、二人の間に滞った熱で、絡めた舌が熱い。

 

オトコが少し笑いながら

「どうしよう。ヤりたくなってきました。」

 と云う。

 

でしょうね。と思いつつ、

笑う。

 

「今しちゃいます?」

その言葉に照れて笑うオレ。

なんてったってシラフだ。もう何も云えない。

酒が入っていない状態でこのオトコと話すのが非常に苦手だ。

理由は解らないが尋常じゃなく緊張して変な汗が出て顔が紅潮する。

こんな事今までに無かった。

よほど苦手なのだろうかもしかして…

 

「後からにします?」

微笑みかけるオトコ。

視線を軽く泳がせてから軽く首を振り、

視線をゆっくり下に向け

ゆっくり瞬きをし、オトコを見つめ直す。

少し身を起こして

オトコの口を塞ぐ。

 

オトコが優しく微笑みながら

「ここで?」

と、囁く。

 

 

ここは居間のど真ん中、カーテン全開、陽も光々。

「・・・あっち、行きましょう。」

 

 

(タァァァアァ寝室掃除しといて良かったァァァァァァァ!!!)

 

 

寝室へオトコを連れて行く。

 

 

「綺麗にしてますねー!」と、オトコ。

そうなんですよ、風呂に入る間も惜しんで、片付けたんですよもうほんとにえーもー!

何のためなの念の為に!!! 

 

 

寝室のカーテンを閉めるオトコ。

オレは自分のベッドの布団をはがす

 

 

と・・・

 

おい!!!!

 

誰だよ人の布団の中に寝てた猫は!!!!

 

暑くないのか!!

 

毛だらけだよ!!!!!

 

コロコロを取りに居間に戻り、コロコロでベッドを掃除する。

 

もうね、女子としてどうなのかと思われたんじゃないかと思って

 

ハラハラ・ドキドキにこにこぷんだよ!!もう!

 

オトコの家も猫がたくさんいるっていうから・・・たぶん、大丈夫

ってことにしておこう。

 

 などと考えているうちにオトコに身体を倒され

軽くベッドでバウンドする。

オトコの顔にまた手を添え何度も唇を重ね

舌を絡める。

 

…絡めた舌には愛情でなく戸惑いを乗せていたと思う。

 

 

オトコがオレの胸に墜ちていく。 

オレの息が、すこし乱れた。

 

オトコのズボンを足で下ろし

自分のズボンも脱ぎ捨てる。

 

また唇を合わせ

オトコの首に両手を回し引き寄せる。

 

 

 

「入りますか?」

 

 

「たぶん…大丈夫だと、思います。」

 

 

 

 

オレの身体がすこしのけぞる。

 

 

オトコの短いため息が聞こえた。

 

 

 

「痛い…ですか?」

 

 

「…大丈夫ですよ。」

そう云って笑顔を作った。

 

「オレ等、サカリついてますね」

オトコが微笑む。

 

「ですね。」

オレが微笑む。

 

 

 

身体が揺れ、少し腰が浮く。

 

 

オトコの上着の肩を握りしめていた手が震えた。

 

顔を隠す為に覆った腕を剥がされる。

 

息の終わりに、下から押された圧力で肺から漏れた音が乗る。

 

息と息の隙間でオトコの名を呼びたい気分になったが

こういう時に、このオトコを何と呼べばいいのか思いつかなかった。

 

息の終わりに乗った音がその刻み方を

細かくし始めた頃

オトコが少し顔を歪めオレの上着を捲し上げる。

 

 

オレは軽く握った裏拳を口で噛み目を閉じる。

 

 

「イっていいですか?」

 

 

「どうぞ」

 

 

早くなる息遣い。

 

瞑った瞼に少し力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が迫っていたから、

化粧直しなどできそうになかった。

 

「この顔で、大丈夫でしょうか?」

オトコに聞く。

 

「大丈夫、いつも通りですよ。」

 

 

「アイライン引いてないんだけども…

 

どうせ、取れちゃうんだから、要らないよね。」

 

と云うと

 

オトコは

 

「そうですね。」

 

と、整った白い歯を覗かせて

 

まるで少年のように笑った。